19日、閉館間際に九州国立博物館に入館。
やっと念願の阿修羅像に会うことができました。
照明を落とした会場の中で阿修羅像はライトで浮かび上がり圧倒的な存在感で自分に迫ってきました。
やっと念願の阿修羅像に会うことができました。
照明を落とした会場の中で阿修羅像はライトで浮かび上がり圧倒的な存在感で自分に迫ってきました。
戦いに明け暮れた阿修羅はその後悔い改め表情は深い憂いを漂わせていると解説されていましたが、何度も何度も負けながら屈せずに戦いに挑んだ阿修羅の不条理な行動になぜか魅力を感じてしまいます。
いさかいを避け、和を尊び、自分の中に不正直を囲い、がまんし、平和な生活に慣れ、それが当たり前となり、のほほんと何もしないで年をとっていく自分の目の前で、6本の腕を広げ優しさと憂いを秘めてたたずんでいる阿修羅は、何かを語りかけようとしていているみたいです。
ブログランキングに参加しています。
応援クリックをお願いします。

にほんブログ村
はてなに追加
MyYahoo!に追加
livedoorClipに追加
Googleに追加




羨ましいです。
カミさんも行きたがっていて、シルバーウィーク中に行きたいね、と言っていたのですが・・・。
結局子どもの行事や墓参りで行けなさそうです。
阿修羅とは少し離れるかもしれませんが、最近色々な事で落ち込んだり疲れたときに、仏教について書かれた一冊の本に惹かれるのを感じます。「仏教とは、・・・・そのうえでまっすぐに変哲もなく、ふつうに堂々とこの世を生きていくこと、これだけであろう。」
(はじめて知る仏教、講談社+α新書、白取春彦より)
死ぬ事ではなく、堂々と生きる事を説いたのが仏教との考えにビビッと来てます。
一方で阿修羅はどのような言葉を掛けてくれるのか、一度お会いしたいものです。
すずボスさん
博物館には娘と2人で行きました。午後1時ぐらいに着いたのですが「駐車場待ち120分、入場まで90分」と入口に表示されていたので、とても待てないと思い博多の天神に車を走らせ、そこで時間をつぶしました。そして閉館間際を狙って午後5時過ぎに行ったら、すいすい駐車場に入れ、待ち時間なしで阿修羅像の前に立つことができました。人の列もなく30分はゆっくり阿修羅像のそばでぶらぶらすることができました。
阿修羅は正義を振りかざしていたものの常に好戦的で「ふつうに堂々と生きる事ができなかったので」天界を追われたのだと思います。後で悔い改めはしたもののその表情は言いようもなく憂いを帯び、人を魅了させるものがあります。ぜひお会いになってくださいね。